「で、私を選んだわけね。まっ、正しかったんじゃないの?」
向日葵は差し出されたバーボンをクイッと飲み干した。慣れている様子だ。
「全ての元凶はお前だ、と俺は思っている」
「元凶ってのは大袈裟だと思うけど。だって、姉さんだって不倫してたじゃない」
「あれは‥‥お前が俺を誘惑しなければ、俺はすみれと‥‥」
「よろしくやってたってわけね。そうすれば、姉さんは他の男に気が移す事は無かったと」
誠が言いにくい事を、向日葵はさらりと言ってのける。これが持って生まれた性格なのだろうか。
「‥‥そうだ」
誠は窮屈そうに言う。しかし、実際問題そうなのだ。向日葵が自分を誘惑しなければ、自分はすみれをほおっておく事も無く、きっとすみれも他の男に気移りなどしなかったはずだ。
もしかしたら、向日葵が誘惑しなかったしても、すみれは他の男と気移りしたかもしれない。でも、それはもう分からない。なにせ、ありえなかった過去の出来事なのだから。だから、誠は全ての責任を向日葵に押しつける事で自分を納得させたのだ。簡単な事ではなかった。
向日葵は出されるバーボンを片っ端から飲み干していく。まるで少しでも早く酔っ払いたいような感じだ。向日葵はすみれに比べて酔いが回るのが遅い。
「でもさ‥‥私って本当に運無いよね。自分の運の悪さが、結局こんな形にまでなっちゃって‥‥。結局生きてる間は、私に幸せは訪れなかったって事よね」
「‥‥俺を恨んでいるのか? お前を選んだ俺を」
誠が怪訝な顔をすると、向日葵は照れ臭そうに笑う。
「違うわよ。義兄さんのとばっちりを受けただけなんだから。ただ、自分の不運を呪っただけ」
向日葵はバーボンから透けて見えるバーテンの横顔を眺めながら、小さくため息をつく。いつも、子猫のように自分に笑いかけてばかりいた向日葵とは、随分違った印象だった。
死んで、ジャックから真相を教えてもらうまで、誠は向日葵の事についてはすみれの妹だという事以外、何も知らなかった。なかなか幸福になれなかった事、良い恋人に巡り合えなかった事‥‥。そんな事を知ってから向日葵を見ると、どうしても同情がわいてしまう。自分とすみれに強い嫉妬心を抱いたとしても仕方の無い事だったのかもしれない、と思えてしまう。
だから、許してしまいそうになる。
「ねえ、死神さん。私ってやっぱり地獄に行くのかしら? そうよね。結構悪女やってたし」
ゆっくりと振り向き、壁際で煙草をふかしているジャックに言う。ジャックは煙を天井に向かって吐き出し、にっこりと笑う。
「どうですかねぇ。あなた以上の悪女なんてごまんといますからね。それに、実際に誠さんを刺したのはあなたではなくすみれさんですから。案外、天国かもしれませんよ。要は人間の頃と同じです。反省してるなら、情状酌量の余地ありって事です」
煙草の箱を向日葵に手渡す。向日葵は悪戯っぽく笑い、そこから煙草を一本頂戴した。
「そうなのか。それなら、もしかしたら、あの世でも誠さんと一緒かもしれないって事なのかな」
「えっ?」
その言葉に、誠は目を丸くしてしまう。向日葵は煙草に火をつける。向日葵が煙草を吸う事など、誠は今初めて知った。
「覚えてます? 初めて会った時の事。私、誠さん見て格好良いって言ったんです。それは嘘はじゃありません。それに、例え策略だったとしても、誠さんと一つになれて、私、結構嬉しかったんですよ」
「‥‥」
思いがけない言葉に、誠は飲もうとしていたウィスキーのグラスを落としてしまいそうになる。
「‥‥何言ってるんだ、君は。俺はお前の姉さんの旦那なんだぞ」
「だった。でしょ?」
「‥‥」
「あの時初めて、関係を持った時‥‥。義兄さんはもう覚えてないと思うんですけど、あの時は、凄く気持ち良かったんですよ。今までの誰よりも‥‥。とても、優しかったし」
「‥‥」
覚えていない。しかし、彼女がそう言っているのだから、そうなのだろう。向日葵は顔を少しだけ赤くする。
「私、優しい人に、あんまり巡り会えないんですよね。だから、嬉しかったんです」
誠の脳裏にあの光景が、殴られて嗚咽する向日葵の姿が浮かんでくる。
ふと思う。自分は正しい事をしたのか、という疑問。彼女はまだ殺すべきではなく、もっともっと生きて、いい人生を送るべきではだったのではないか‥‥。自分は確かに向日葵が憎かった。でも、それでも彼女を選んだ事は間違いだったのではないか‥‥。
だから、誠は思わず言ってしまった。
「ごめんな。お前を選んでしまって」
誠が頭(こうべ)を垂れると、向日葵はクスクスと笑う。その笑い方はすみれに似ていた。
「いいんです。これから長く生きたって、幸せになれるかどうかは分からなかったんだし。今ここで、私の事を許してくれる人といられるなら、そっちの方が幸せかもって思うんです」
向日葵はグラスの底に残ったバーボンを喉の奥に流し込んだ。
それから、しばらく会話は無かった。決して重くは無い空気。歯痒いような感覚がある。人から素直に信頼されているという感覚なのだろうか。はっきりとは分からない。でも、この感覚は悪くない。
今、誠は少しだけ、嬉しいと思っていた。自分を憎み、騙そうとしていた人が、今は決して心から憎んでいるわけではない、という事を知る事が出来たのだから。
それだけで、どこか救われたような気になれた。
そんな誠の肩を、ジャックは軽く叩いた。
「さてと、行きましょうか」
終わり
あとがき
ノベルゲームなんかをやっているとこういった選択肢がたくさんあるので、私も、という事でやってみました。細かい知識はいらないですしね。出来るだけ、二人どちらをも選ぶべき、という立場に立って書きました。明らかにどっちかが悪いと選択肢をつける意味が無いですから。
個人的にはジャックが一番好きなんですけどね。自分には無い、ひょうきんな所が好きなんです。